第1章 イベント無線LAN構築ことはじめ

1.1 イベント無線LANとは

カンファレンスや勉強会、展示会など人が多く集まる「イベント」にて臨時に無線LANを提供するということが行われています。下記にはそれらの取り組みの例から、提供の詳細が述べられているものを列挙しました。

参加者に使ってもらったり、主催者が運営事務用として受付システム・チケットシステムへアクセスするために使ったり、配信やセミナー/チュートリアル/ハンズオンにてインターネット上からリソースを持ってくるのに使うなどその用途は様々です。

大抵のイベント会場や会議場には、その場所に物理的に収容可能な人数を無線LANにおいて支える設備がないことがままあります。いわゆるキャリアWi-Fi、つまり携帯キャリア各社によるWi-Fiオフロード目的でのインフラは各所にデプロイされていますが、これは万人が使えるわけではありません。本書で扱う「イベント無線LAN」提供とは、こういったネットワーク的な空隙となっている場所に参加者・来場者等のために無線LANでのインターネットリーチャビリティを提供する試みを指します。

1.2 チャレンジングなスポーツとしてのイベント無線LAN

単純に考えれば、一般のご家庭にもあるルータや無線LAN APをちょっと多めにデプロイするだけのイベント無線LANは「手間はかかるけどそんなに難しくはなさそう?」という気になってきます。しかし自分たちで大規模・大人数への安定した無線LANを提供するという課題に向き合うと大変にチャレンジングな試みへと変わります。このため心・技・体の全てそしてそれぞれのバランスを要求するテクニカルなスポーツとも言える一面があります。

イベント無線LANの構築にあたってはNOC(Network Operation Center)と呼ばれる構築・運用を専門とするチームを編成します。場合によっては数十のネットワーク機器を設定・設置し、数kmにも渡るケーブルを敷設し、数日間にわたって運用を行います。そしてその挙げ句に全てをゼロに戻すというこの振幅の激しいネットワークは、構築・運用ともにハードな取り組みです。

一過性、一時的なイベントという場において時間制限のある中で展開・撤去を行い、ある意味で顧客である利用者を目の前にしながら安定運用を目指す。このためにはネットワーク技術からケーブリング技術に至るまで手を動かせること、会場を駆け巡って敷設やサーベイをする足を動かせること、そして何よりも現場で起きるさまざまな「想定外」に直面しつつも一つ一つ解決していくことができること、といった様々なハードルがあります。

会場に入る前に行う「ホットステージ」と呼ばれる事前構築・検証期間で一度は組み上がったはずのネットワークでも、実際に現地にデプロイすると様々なトラブルに見舞われます。この想定外に如何に対処していくかという点が大変でありつつもイベント無線LANの面白いところです。

1.3 本シリーズについて

本書および本シリーズ「イベント無線LAN完全自壊マニュアル」ではこういったイベント無線LANを構築するにあたっての課題や現場で起きうるさまざまな「想定外」についてご紹介します。ベストプラクティスとまではいかないまでもベタープラクティス、あるいは他山の石としてのワースプラクティスをご紹介します。

前述の通りイベント無線LANといえど、個々のコンポーネント自体はなんら新しいものではありません。しかし組み上げてみると上手くいかない、あるいは実際にデプロイしてみるとこうじゃないといった事が多々発生します。そういったドハマリしたパターンについてもご紹介しつつイベント無線LANとはいかなるものなのかについて述べます。

イベント無線LAN構築・運用には、無線LAN/L2/L3といったネットワーク技術以外にもサーバ構築・運用技術や監視システムに関する知見、必要なソフトウェアを作る技術、ケーブリングであったり養生・設置のテクニック、部材運送のノウハウ、チームビルディングやスケジュールマネジメントといった様々な要素が絡んできます。本シリーズではこれらの要素からトピックを取り上げて紹介します。

1.4 お断り書き

本シリーズでは特定の製品の使い方についての解説はしません。一部、製品に固有な要素を参照している場合はありますが基本的には各製品については参照情報としてリンク等を示すのみとし、「イベント無線LAN」という共通の課題について中心的に扱います。